『哀歌』ができあがるまで
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『哀歌』ができあがるまで

HIROBA『OTOGIBANASHI』が10月28日、講談社より刊行されました。水野良樹(いきものがかり)が2019年から始めた実験的プロジェクトHIROBA。

そのHIROBAに5人の作家が集い、5つの歌と、5つの小説が生み出されました。5つの歌がどのようにつくられていったのか。その創作ストーリーを、作曲を担当した水野良樹が1曲ずつ語っていきます。

『哀歌』

『哀歌』
作詞:皆川博子 唄:吉澤嘉代子 編曲:世武裕子 作曲:水野良樹


作詞:皆川博子さん(小説『Lunar rainbow』)


この『OTOGIBANASHI』というプロジェクト。制作がスタートしたばかりの頃。一番最初に自分のところに届いた詩が、皆川博子さんが書いてくださった『哀歌』でした。

今回の『OTOGIBANASHI』全体を振り返って、もっとも大きなターニングポイントになった瞬間はいつだったかと問われれば、皆川先生に『哀歌』の詩を頂いた、あのときだったと思います。


5_皆川博子

皆川博子
1930年旧朝鮮京城市生まれ。1973年に「アルカディアの夏」で小説現代新人賞を受賞しデビュー。『壁 旅芝居殺人事件』で日本推理作家協会賞を、『恋紅』で直木賞を、『薔薇忌』で柴田錬三郎賞を、『死の泉』で吉川英治文学賞を、『開かせていただき光栄です―DILATED TO MEET YOU―』で本格ミステリ大賞を受賞。2013年に日本ミステリー文学大賞を受賞し、2015年に文化功労者に選出される。

ああ、これは大変なものを預かってしまった。
当然、そこに書かれている文字を読むわけですが、静けさの底が見えない。黙り込んで、しばらく詩を眺める時間を過ごしました。

生と死。音の存在を感じるということと、無音という現実。皆川さんが、これまで作品を書いてこられた永い時間の湖の、ずっと底のほうを、わずかに覗きみること。

PA240134のコピー

読者としての自分はあまりに幼くて、とても深くは読みこめませんでしたが、皆川さんにとって、重い意味を含んでいる作品に思えてなりませんでした。それはやがて送られてきた小説『Lunar rainbow』を読んで、あらたに確かめるように、そう思いました。担当の編集者さんは、僕があまりプレッシャーに思うといけないからと気遣って、作品が完成したあとに教えてくれたのですが、僕のもとに届く前に、皆川先生はこの『哀歌』を十数回にわたって書き直し、推敲されたそうです。


逃げられない。この詩を預かってしまったからには、絶対にかたちにしなくてはならない。そう思わせて頂けたことが、この『OTOGIBANASHI』を制作していく1年間、自分自身を走らせてくれたように思います。


「これは、何日もかかってしまうかもしれない」そう覚悟して鍵盤の前に座ったのに、いざ、つくり始めたら、ただ文字として読んだときよりも、はるかに優しく詩はこちらに手を開いてくれて、ものの数時間でメロディは出来上がってしまいました。「出来上がった」なんて言ってしまったのですが、正直に言えば、自分でつくったという感覚も希薄で、”おのずから”生まれてきてくれた…というような感覚でした。それはやはりこの詩が、すでに音世界を、蜜のように内包していたからなのだと、今は思います。


サウンドプロデュース(編曲):世武裕子さん


打ち合わせでは「水野さんのデモを聴くと、すでにしっかりとりしたイメージもあるようだし、自分が別のものをつくってもいいんだろうか?」というようなことをおっしゃって、不安を口にされていましたが「いや、世武さんが思うかたちで、振り切ってもらっていいです」と、そのまま託すような想いで頼みました。

まぁ、まさか「やってみますね」と言って、数日後にデモが届くとは思いませんでしたが…。完成したあとに訊いたら、すでに打ち合わせ中には頭のなかでイメージが鳴っていたそうです。

世武さま

世武裕子
映画音楽作曲家。近年手がけた主な映画に『Pure Japanese』(松永大司監督/22)『空白』(吉田恵輔監督/21)『Arc アーク』(石川慶監督/21)『星の子』(大森立嗣監督/20)などがある。また、編曲家・演奏家としてもFINAL FANTASY Ⅶ REMAKE、Mr.Children、森山直太朗などさまざまな作品やアーティストを手がける。

いきものがかりをデビュー初期から担当していたディレクター(水野の師匠的な存在です)が「いつか、いきものがかりと”世武裕子”という音楽家を組み合わせてみたい」と以前に言っていたのを印象的に覚えていました。自分はそこから世武さんの音楽を知り、いつか世武さんとつながれるチャンスがないかと願っていました。

『哀歌』はポップスの範疇を逸脱してしまうような曲だし、世武さんが主戦場とする映画音楽とも親和性が高いかもしれない。なにより、世武さんがこの詩やメロディを、どう解釈するのか、聴いてみたい。

世武さんから届いたデモを作業場のスピーカーから流したとき、皆川先生から詩が届いたときと同じように、自分は黙り込んでしまいました。感想がうかつにこぼせないほど、圧倒されたということです。

一方、スタジオでの世武さんはずっと喋っていて、その明るさにつられて、とにかく楽しいレコーディングでした。でも、スピーカーから流れるのはまぎれもなく『哀歌』で、そんな世武さんもピアノの前に座ると表情が一変するので、そのコントラストに、くらくらするような現場でした。

HIROBA【対談Q】世武裕子(映画音楽家)


唄:吉澤嘉代子さん


歌のなかに”物語を描く”ということにおいて、そして描いた物語を歌で再び”表現する”ということにおいて、このひとほど長けているひとは稀有だと思っています。『哀歌』は吉澤嘉代子さんに歌って頂きました。

吉澤さま

吉澤嘉代子
1990年6月4日生まれ。埼玉県川口鋳物工場街育ち。2014年デビュー。
2021年3月17日に5thアルバム『赤星青星』をリリース。6月20日には日比谷野外音楽堂での単独公演を開催。9月29日に初のLIVE Blu-ray「吉澤嘉代子の日比谷野外音楽堂」をリリース。

レコーディングに訪れた吉澤さんは「自分に歌いきれるでしょうか」と、とても緊張されていました。アレンジを進めるための素材として、事前に仮歌を録って頂いたのですが、その仮歌を聴かせてもらうと、すでに歌声には演出が施されていて、この楽曲をどう歌うか、試行錯誤してくださっていることが伝わってきました。

歌入れを始める前に『哀歌』の詩の解釈について、少し時間をとって二人で話し合いました。それぞれの解釈が完全に重なる必要はなく、ひとつの星を、違うところから眺めて、たがいの解釈を足し合わせることで、その星の輝きを描きだそうとするような時間だったのかもしれません。

最初のワンテイク目で、吉澤さんが丁寧に構築してきてくれた『哀歌』が、彼女の静かな気迫をまといながら、しっかりと提示されていました。平静を装っていましたけれど、コントロールルームでそれを聴きながら、泣きそうになっていました。真摯に向き合ってくださったことに感謝しかありません。

歌入れ作業の後半に、世武さんがスタジオに駆けつけてくれて「なんか、化かされているような気もするんですよね」と、この詩の主人公について、新たな解釈を足してくれました。そこで吉澤さんが、より軽やかに歌うテイクが生まれて、いくつかの解釈が絡み合いながら、ひとつにまとまることで『哀歌』の歌が完成しました。


OTOGIBANASHI 05 / 哀歌

作詞:皆川博子(小説「Lunar rainbow」)
編曲:世武裕子
唄:吉澤嘉代子
作曲:水野良樹
Drums 江島啓一
Flute 多久潤一郎
Strings 鈴村大樹ストリングス
Acoustic Piano, All Other Instruments & Chorus 世武裕子
Recorded & Mixed by 小森雅仁
Vocal Recorded by 甲斐俊郎
Mastered by 阿部充泰



あとがき : HIROBA『OTOGIBANASHI』


そんなわけで、5日間にわたって、HIROBA『OTOGIBANASHI』の各作品について語ってきました。このプロジェクトを外に向かって語る役割を、企画を主催した自分が少しでも担えたらと思って、長ったらしく語ってきましたが、冗長なところもあったかと思います。

なにより、5つの楽曲を、そしてともに生まれた5つの小説を、HIROBA『OTOGIBANASHI』を通して、お楽しみ頂ければ。それがすべてだと思います。

ぜひ、本を開いてくださったら、嬉しいです。


最後となりましたが、今回の『OTOGIBANASHI』に参加してくださった15人の素晴らしいゲストの皆さんに、心から感謝申し上げます。

また今回の書籍『OTOGIBANASHI』は装幀を大島依提亜さんに手がけて頂きました。CDが封入されることもあり、本そのものの構造も含めて、趣向が凝らされた装幀です。さまざまな要素が絡み合うこの作品を象徴する、素晴らしい本にして頂きました。

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あらためて本とCDが完成してみて、「起きるはずのないことが、起きたのだな」と心から思いました。

また、この『OTOGIBANASHI』をともに立ち上げてくれた講談社の鍛治さん、關さん、編集部、営業部の皆さん。そしてHIROBAでの僕ひとりの無謀な足掻きを、いつもサポートしてくださっているHIROBA坂田さん、非現実的で困難なキャスティングや、厳しい制作スケジュールを努力して実現してくれたMOAIのスタッフチームのみんな、イレギュラーな音源制作を辛抱強くまとめあげてくれたondoの杉本さん、村上さん。素晴らしい音楽を仕上げてくださったミュージシャン、エンジニアの皆さん。様々なかたちでご協力やご助言をくださった各アーティストの関係者の皆様。本当に、本当に、ありがとうございました。

書籍内では、あくまで純粋な作品だけを書き記しましょうという、チームの方針で、あとがきを書きませんでした。関わってくださった皆さんへの感謝を、ここに記すことをお許しください。

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物語は、読まれることで、聴かれることで、また新たな意味を開きます。

あなたの手で『OTOGIBANASHI』に新しい輝きをみつけて頂けたら、それ以上の喜びはありません。ぜひ、HIROBA『OTOGIBANASHI』を手にとって頂けたら嬉しいです。よろしくお願いします。


HIROBA
水野良樹


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水野良樹(HIROBA)
1982年生まれ。神奈川県出身。2006年いきものがかりのメンバーとしてメジャーデビュー。作詞作曲を担当した代表作に「ありがとう」「YELL」「じょいふる」「風が吹いている」など。国内外問わず多数のアーティストに楽曲提供。2019年に実験的プロジェクト「HIROBA」を始動。
HIROBAでは公式YouTubeチャンネルを開設しています。ぜひご覧ください。


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