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松井五郎さんにきく、歌のこと 1通目の手紙「書かないこと」 水野良樹→松井五郎

2020.03.09

作詞家の松井五郎さんに、水野良樹がきく「歌のこと」。
音楽をはじめた中学生の頃から松井五郎さんの作品に触れ、強い影響を受けてきた。
もちろん、今でも憧れの存在。
そんな松井五郎さんに、歌について毎回さまざまな問いを投げかけます。
往復書簡のかたちで、歌について考えていく、言葉のやりとり。
歌、そして言葉を愛するみなさんにお届けする新連載です。

1通目の手紙「書かないこと」
水野良樹→松井五郎

前略。松井五郎様。

前略。そうです、前を略さなければなりません。
本来であれば、この企画をお引き受け頂いたことへの御礼の言葉。そして以前頂いた対談の機会に続いて、再び松井さんにお話を伺えることの喜びをお伝えするのが冒頭のご挨拶として正しいはずですが、ご存知の通り、この手紙はHIROBAを訪れた皆さんもご覧になっていて、その方々が望むのはそんなかしこまったやりとりよりも、もっと具体的な歌の話です。

歌の話をしなくては。
そう思って書き進めると、今度はまたすぐに、僕が松井さんの作品について十代の頃から抱く憧れを長々と語ってしまいそうになります。思春期の青臭い思い出まで持ち出して、これもまた冗長になってしまいそうで、いけません。

書くべきことを書かなくては。
無駄なことを書かずに、語るべきことを、そのままに伝えなければ。
そう考えていると、ふと思い至りました。

これも「問い」になるのかもしれない。

「書かない」こと(“描かない”としてもいいかもしれません)は本当に難しいことです。

小説や散文詩とちがって、歌の言葉、つまり歌詞はメロディという土地の制約を受けます。
言葉数は決まっていて、音はすでにイントネーションを持っていて、それらが生み出す重力が、常に言葉へとかかっていきます。おのずとすべてのことがらを書くことはできず、歌になるべき言葉だけがそこに残ります。

写真のように現実のすべてをありのままに描写することはできません。
視界のなかの、何を書いて、何を描かないのか。
現実を抽象する力が、いつも歌詞には求められます。

削ぎ落とす。選びとる。洗練する。

具合のわるいことに、技術は積み重なるものです。
語彙が増え、うまくなればなるほど多くのことが描けるようになるのが自然で、その分、作り手たちは欲を刺激されて、多くを歌に詰め込もうとしてしまいがちです。色とりどりのめずらしい言葉たちによって多くを詰め込まれた歌は、一見、豪華で見事にみえて、またとても技術巧みにみえて、人々から賞賛を受けることもしばしばで、そのたびに作り手はまた欲を刺激されてしまいます。

しかし、この“短くも豊かな”歌という表現が求められるのは、そのなかに込められた“量”ではなく“密度”であったり、あるいは、そこから広げられる“余白”であったりするように思います。スタンダードと呼ばれ、永く多くのひとたちに愛される歌ほど「何も書いていない」のではないかと、思うこともあるほどです。

松井さんは「書かない」ということに、どのように向き合われていますでしょうか。
「書かない」と決めていることはありますでしょうか。

歌を書くことについて聞くのなら、まずは「書かないこと」から聞いてみよう。
そう思って、こんな問いから始めさせて頂きました。

お返事をお待ちしております。
よろしくお願いします。

草々

HIROBA 水野良樹

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ソングライター水野良樹が主宰するHIROBAの公式noteです。 『考えること、つながること、つくること』 その3つを豊かに楽しむための広場=HIROBAをつくっていく試みです。 定期購読マガジン『HIROBA公式マガジン』のご購読もよろしくお願いします。

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