見出し画像

街角のドラマ、海をわたる。 ~NHK「ドキュメント72時間」海外版 上映&トークショー~

2019.09.09

ひとつの場所に3日間密着して、そこで偶然出会う人々の姿を記録する「ドキュメント72時間」。毎週金曜日の夜にNHK総合で放送されている人気ドキュメンタリーです。

同番組のフォーマットが中国に販売され、2018年から中国で配信がスタートしていることはあまり知られていないかもしれません。

「街角のドラマ、海をわたる。 ~NHK『ドキュメント72時間』海外版 上映&トークショー~」が8月21日に都内で開催され、水野良樹がゲストとして登壇。
番組の魅力や制作の舞台裏、番組のコンセプトやノウハウを販売するフォーマットビジネスについて、チーフ・プロデューサーの植松秀樹さんと中身の濃いトークを展開しました。進行は、チーフ・プロデューサーの森あかりさん、ディレクターの髙田理恵子さん。

このトークショーの模様を全3回にわたってお届けします。

絶対に破らない3つのルール

水野 よろしくお願いします。

植松 よろしくお願いします。番組チーフ・プロデューサーの植松と申します。本日は、イベントにお越しいただきまして、ありがとうございます。派手さがない、どちらかというと地味な番組ですけど、こんな素敵なスペースでイベントをやらせていただくなんて、ほんとにプロデューサー冥利に尽きるなと思って、感動しております。

2017年に、中国版の「72時間」のフォーマット販売を始めました。「72時間」のつくり方、番組が大切にしている価値観も含めて、中国のコンテンツ配信サービスの企業に販売させていただきましたが、ノウハウを伝えるに当たって、今まで自分たちが無意識のうちにやってきたことを言語化する作業が必要になりました。そのなかで、私たちがこれまで気づかなかった、新たな発見といったものを、みなさんに包み隠さず、ご紹介できればいいなと思っています。

それと同時に、今これだけ多くのコンテンツがあふれているなかで、我々はこれから、どういったものをつくっていくべきか、どのように広めていったらいいかといったことを、水野さんと一緒に考えていきたいと思っています。よろしくお願いします。

森 今回は、番組を見ていない方も含めて参加いただけるイベントの場をつくりたいと思って、水野さんにオファーさせていただきました。水野さんは番組のどんなところに興味をお持ちですか?

水野 Twitterでも書きましたけど、「72時間」入門者なので、そんなに詳しくはありません。ただ、つくられていない物語が、街なかにはこんなにあふれているんだなということを、当たり前のことですけども、あらためて実感させてくれる番組ですよね。舞台上に立っている人間とか、エンタメで楽しんでいただく仕事をしている人間は、飾り立てたストーリーであるとか、ドラマティックなストーリーのほうが、みなさんに楽しんでいただけるはずだという、先入観みたいなものがあります。一方で、人それぞれ、みなさんも僕自身も、大切な家族がいたり、もしくは、今までの人生でいろんな出来事があって、その人にしかわからない物語が必ずあります。そういった物語に、一瞬、パッとスポットが当たると、なんだか、ものすごく惹かれますよね。

 期待に応えられるように頑張りたいですね。

植松 水野さんに全部言っていただいて。

水野 いやいや。

画像1

 水野さんは今年、HIROBAというプロジェクトを立ち上げられて、音楽活動以外にもいろいろと発信されています。

水野 はい。いきものがかりというグループをやっていますが、それ以外にも、何か自分で人に出会う場所であったり、インプット・アウトプットするような場所をつくってみたいなという気持ちで始めました。今回のイベント出演のお話をいただき、事前の打ち合わせで「72時間」について詳しく伺うと、HIROBAとリンクする部分もありました。
 
例えば、いきものがかりを離れて、僕一人で表現をするときは、周りからは、単純なソロ活動だと見られがちです。そうすると、「僕一人だけの物語」を楽しんでいただけるかどうかという話になってしまって、すごくつまらないなと。ただ、場所を用意すると、これまで小田和正さんや高橋優さんと曲をつくったように、いろいろなクリエーターや、全然違う分野のアーティストに来てもらえるようになります。他者と出会い、違う物語と出会うと、自分では出会えない何かに、ぶち当たれるような…もしかしたら、そこが楽しくてやっているのかもしれないなと思い始めたところです。他者との出会いがリンクするポイントの一つかもしれませんね。

森 ありがとうございます。いろいろな共通点などもお聞きしたいと思います。私たちも番組をつくるなかで、気づくことがたくさんあります。このイベントをとおして、みなさんに共感していただいたり、生活や人生につながる部分があればと思っています。

水野 よろしくお願いします。

 最初に番組について、2分程度のVTRで簡単にご紹介させていただきます。

(VTR上映)

画像2

 番組は2013年にスタートし、毎週金曜日の夜に放送しています。植松さんは、どのあたりがお好きですか?

植松 僕は2年前に番組プロデューサーになりましたが、当然、どの回にも思い入れがあります。ひとつ印象的な回を挙げるとすれば…日本ダービーという、年に一度の競馬のイベントがありますけど、そのレース本番の1週間くらい前から、競馬ファンが場所取りのために並ぶんですね。その行列を3日間、取材した回というのが、僕としては印象深いですね。「競馬に対する先入観がずっとあったんですけど、この番組でそれが180度変わりました」と視聴者の主婦の方から言っていただいて。誰でもいいからここで、一緒に並んでつながりたい人。奥さんを亡くされたけれども、奥さんと一緒に並んだ思い出のシーンがよみがえってくると語る人。年に一回しか会わないけど、そこでの友情がある人。いろんな人がいて、ギャンブルという側面とはまた違う、その時間、その瞬間を共有している感じが、行列から見えて非常におもしろかったですね。

 水野さんは、番組をご覧になって、ご自身のお仕事にもつながる部分を感じられますか? 

水野 はい。僕は歌をつくるときに、あまり書きすぎないということを大事にしています。状況を細かく書きすぎると、ある一定の人にしか届かなくなってしまうのではないかという恐怖感がいつもあって。番組のコンセプトにもつながりますが、みなさんがそれぞれに持っていらっしゃるご自身の人生のほうが、3〜4分のポップソングよりも、はるかに膨大な情報量を持っている。そこにつながるようにということを考えています。番組と同じで、膨大な情報量から、どこまで選ぶかということが難しさでもありますね。

 植松さんは、大事にしていることはあります?

画像3

植松 今、水野さんがおっしゃったことに近いですが、こっち(=制作サイド)が、「この人はこういう人だ」ということを言いすぎるつくりになっていないかということは、注意深く見ています。この番組で一番大切にしているのは「我々は何も知らない」ということです。その現場に行って初めて、偶然出会った人たちと話をするなかで、徐々にその人をわかっていく。そういう経過を大事にしていて、こちら側で語りを増やさない、入れすぎない、決めつけないということは、大事にしています。

水野 ナレーションの量も絶妙ですよね。ナレーションを出し始めるタイミングであるとか、映像の使い方も、いろいろ工夫されていると伺いました。

 そうですね。番組で大事にしているルールがあるんですよね。

植松 こんな気持ちで、「72時間」をつくり始めましたというか。
ちょっと歴史的な話をすると、「クローズアップ現代」の制作メンバーが、「72時間」を立ち上げたという背景があるんですね。「クローズアップ現代」はもちろん、NHKの看板番組ですが、それとは違うスタイルで現代社会を描けないかということを模索した先輩方が、編み出した手法なんだと思います。そのときに大事にしていこうということが大きく2つあります。

「普通のひとの人生にあるドラマ
こぼれ落ちてしまうリアルをすくいとりたい」
「世の中にはまだ知らないことが沢山ある」

これは何かというと、ドキュメンタリーというのは、いわゆる、目の前にある現実を取材者が切り取って、その断片を再構築して、リアルな現代を描くという映像表現です。ともすれば、新聞の一面に載るような、大きな事件とか、社会的な課題とか、あと、人物であれば、イチローや大谷翔平みたいな、誰もが認める卓越した人物に焦点を当てがちです。そうすると、つくる側は、それで満足したりもするんですけど、見ている側とすると、どこか自分とは遠い話だったり、共感できなかったり、ちょっと置き去りにされてしまうこともあると思うんですね。

そうしたときに、現代社会を構成しているのは、ほとんどが普通の人たちじゃないですか。その普通の人たちに話を聞いてみると、一人ひとりが、それぞれ事情を抱えていて、例えば、会社が倒産したとか、恋人と別れそうだとか。そういう普通の人たちの事情を、一瞬の短い時間でも切り取って物語を紡いでいったほうが、大きなテーマから現代社会を見るよりも、リアルに描けるのではないかという思いが、出発点としてある。そこが一番大事なところです。

 リアルを撮る上で、番組で大事にしている、「絶対に破らない3つのルール」があります。

①「72時間で撮影を終えること」
「いいものが撮れるまで撮影して番組にしたい」という気持ちがどうしても出てきてしまいがちですが、72時間で撮影を終えます。

②「時系列を崩さずに編集すること」
おもしろいと思うような順番に並べたり、最後に感動的なシーンを持ってきたくなりますが、感動的なラストでなくても、そのまま、時系列で見せます。

③「偶然の出会いで勝負すること」
事前に伝えて取材に行くと、常連さんに会ってしまったりするので伝えません。「このときに、この人に来てほしい」って思ってしまうような人も、なかにはいますが、事前に伝えることは絶対にしません。

水野 いやぁ、すごいですよね…。

 我慢する。それで、なんとかして自分たちが知らないリアリティにたどり着く。こういうルールをつくって、日々撮影しています。

水野 番組などの制作をされていない一般の方からすると、これは何か特別なことなのかと思ってしまいますが、つくる側からすると、めちゃくちゃ勇気が必要なことですよね?やっぱり「楽しくしたい」「おもしろくしたい」ということだと、いいものが撮れるまで我慢する、どこまで耐えられるかが勝負みたいな部分もあったりするでしょう。時系列を崩さずというのも、みなさんがご覧になっているほとんどのテレビ番組は時系列ではないでしょうし、音楽でさえ、5分の曲を聴いていただいても、ダビングといってたくさんの音が別々の時間軸で録音され、同じタイミングで全部の楽器が演奏されている曲というのは、今はほとんどないですからね。編集されているわけです。一定のタイム感で何かを制作するのは、ライブで見せることと同じですから。偶然の出会いで勝負することも…出会えない可能性だってあるじゃないですか…本当にすごいことですよ。

 最初はものすごく怖かったという逸話もありますよね。

植松 今までのテレビ番組のつくり方であれば、基本的に一つのテーマに関して、ディレクターが事前に取材を重ねて、どうすれば伝わるかということを構成し、ロケに挑む。この人に話を聞くと決めておく。撮影の前にする準備がすごく大事ですが、それと逆のことをやっているということは、「72時間」の特徴です。

 そうですね。最初にロケに行ったディレクターの先輩は、撮影前に1,000人に話を聞いて、この場所でいけるという手応えを得たというエピソードもあります。

水野 それぐらい下調べしないと、怖くてできないということですよね?

 今日もいい人に会った、今日もいい人に会った。じゃあ、いけるかもしれないということで始まったと聞いています。

水野 それは、すごいですね。

画像4

その場所から見ることによってどういうテーマが浮かび上がってくるか

 そろそろ、今日の本題である中国版の話に移りましょう。
実は、「72時間」は以前から中国でも人気があることは我々も聞いていました。いいことではありませんが、YouTubeで違法にアップロードされたものに中国の字幕がついて視聴されていたり、堂々と「ドキュメント72時間」という名前を使ったパクリ番組もたくさんあるというなかで、中国のTencent(テンセント)という大手IT企業から「本物をつくりたい」とお声掛けいただいて、番組のフォーマット権を販売することになりました。テンセントの動画配信サービスで、中国版の「72時間」をつくって、2018年9月から配信されています。シーズン1の視聴数が2憶4,000万という…。

水野 郷ひろみさんもびっくりですね。

(会場、じわじわと笑いが広がる)

画像5

 では、その予告編をご覧ください。

(VTR上映)

画像6

 見たときに、我々がいつもやっている感覚と何か似ているなと(笑)。

水野 そうですね、いろいろと…。でも、フォーマットを勝手に、いわゆるパクるというか、似せてつくったものは、どれも何か違う。何か本物っぽくない。でも、スタッフの方々も、その違いは何なのかと考えたときに、先ほどの大事にされていることであるとか、取材での声のかけ方であるとか、そういった細部が「72時間」のリアルさを出しているということを改めて思ったと伺いました。

 そうですね。フォーマット化に当たって、自分たちが自然にやっている当たり前のことを、すべて言語化して、伝えなければいけないという状況になり、番組のバイブルをつくることになりました。

番組コンセプト、場所選びのポイント、失敗しがちな場所やパターン、ロケのスケジュールの組み方、音楽を流すタイミングなど、どういったことに気をつけるかをすべて細かに。マニュアルというよりも、自分たちが大切にしている精神という部分が大きいかもしれませんね。

画像7

水野 実際に拝見しましたが、制作の技術的なことやノウハウ的なことも含めて、ほんとに細かく書かれていて。そのすべてが、先ほど提示された、3つのルールであったり、制作コンセプトとして大事にしなきゃいけないところに立ち返るものなんですよね。

 水野さん、どのあたりが気になりましたか?場所選びとか、インタビューの聞き方とか。

水野 どの場所でやるんだろうということが、わかりやすい興味じゃないですか。みんな場所にフォーカスしますけど、打ち合わせで「場所を捉えるのではなく、時間経過を捉える」と伺ったのが印象的で。もしかしたら、「72時間」という番組でさえ、僕らは先入観を持って見ていたのかもしれないなと気づかされて、時間を追うというのは、どういうことなのか聞きたいなと思っていました。

植松 定点観測で、一つの場所でじっくり見るということが、基本のスタイルとしてはあるんですけど、「72時間」というタイトルなので、定点観測が絶対ではないんですね。ときには移動しながら見るわけですけど、結局は「その場所から見ることによって、どういうテーマが浮かび上がってくるか」ということを一番大事にしています。だから、1日目よりも2日目、2日目よりも3日目と、テーマがどんどん深まって、3日目を見終わったときに、何か共感を得てもらいたいと思っています。

「72時間」は、たまたま出会った人が抱えているさまざまな事情に寄り添って、しばしの間、他人の人生に寄り添う番組です。だから、きっとこういう人が来るんじゃないか、こんなドラマが見えるんじゃないかというシミュレーションを重ねて、いろんな事情や背景を抱えている人と出会えそうな場所は、どこかということを考えます。
水野 題材に対する視点の置き方によって違うんだなということを、すごく感じます。視点を変えるというのは、すごく大事なことだと思わされました。

 そうですね。72時間という時間のなかで、我々がどこを切り取るかという意識も重要になってきますよね。

植松 インタビューベースの番組ですけど、インタビューばかりだと、ちょっと画面的にもおもしろくないので、話の広がり、人の魅力を増すために、携帯電話でいろいろ当時の写真を見せてもらったりとか、ご家族の写真を見せてもらったりということをやってみたりします。そうすると、その写真を見せることによって、取材を受ける方も、思い出がどんどんよみがえって、臨場感の波のようになるんですね。あとは、歌とか、ダンスを披露してくださる方が時々いて、話だけじゃなくて、そういう一生懸命やってくださる姿をとおして、その人の魅力がアップするというのもよくあります。

水野 そうですよね。「そういうことか!」と思ったのは、例えば、おじいちゃんが「孫がかわいいんだよ」って言う。見ている側は「かわいいんだろうな」ってイメージするじゃないですか。でも、実際に「これ、見てよ」って、スマホの待ち受け画面に、お孫さんの顔があって…それがものすごい変顔だったりする。お孫さんの写真ひとつとっても、おすましした七五三の写真を選ぶか、そうではなくて、めちゃくちゃ笑っている顔にするか。どの写真を選んでいるかによっても、おじいちゃんが何を大事にしているかというのが、言語化しなくても、情報として伝わるじゃないですか。

全部のことを言語化することは不可能だと思うんですよ。それをどう拾うか、どの情報を拾うかということを、制作スタッフの方は、いろんな経験によって、感じていらっしゃるんだなと思いました。
 まさに経験で感じてきたことを、一つひとつの行動に落とし込んだり、作業に落とし込んだりすると、どういうことなのかを考えることが、中国の人に伝えるときに必要になったんですね。大切にしていることや価値観を言葉にすると、何かいやらしく見えてしまう瞬間もあるんですけど、「自分たちがやってきたことって、こういうことなんだな」と見えるようになったのは、新鮮なことでした。

植松 インタビューでは、ほかの番組だったら決して採用されないであろう言葉も、その人らしさを表現していると判断すれば、あえて積極的に使う。そういうところが出せれば、よりリアルに近づけるだろうと思っています。あとはちょっとした「間(ま)」も大事ですね。インタビューは誰だってできるけれども、「72時間」で大切にしていることを、中国のスタッフの方に伝えることが、ほんとに難しくて。ケースバイケースではあるけれども、「最低限、ここは守ろうね」という部分を、一つひとつ伝えていきました。
水野 細かいことの積み重ねが、すごく大事ですよね。このフォーマットを使って、72時間、定点観測をすれば、おもしろいものが撮れるだろうと思うのは、大きな間違いで。ほんとに細かい部分にまで意識を向けているということを、強く思いました。

画像8

何を歌っているかではなく、その歌が、どのように物語とつながれるか

 それでは、そろそろ、中国版をご覧いただきましょう。
「長沙・年越し深夜食堂」「昆明・カモメが見える都市公園」「北京・未来郵便局」「青島・海鮮市場」「撫順・串焼き屋」「婺源・ネットカフェ」など、13本配信されています。個人的には「北京・マクドナルド」が意外とおもしろくて。

植松 雲南省とか、さまざまな省で撮影されていますよね。

 そうですね。中国は広いので、地域による格差や文化の違いなどを、どう描くかということを、スタッフがものすごく考えていると聞きました。そもそもフォーマットを買った理由も、中国の今を描きたいという思いからだったそうです。

水野 なるほど。

森 もっとリアルに描いて、若い人に見てもらえるドキュメンタリーをどうつくるかを日々考えていると。今日は、そのなかから、「カモメが見える都市公園」を、15分ほどのダイジェストでご覧いただきます。

(VTR上映)

画像9

植松 時期は未定ですが、フルバージョンを日本語ナレーションで放送する予定です。

 水野さん、ご覧になっていかがでしたか?

水野 その場の空気を感じられるのはなぜでしょう。きっと、そこもおもしろさの一つですよね。僕は全国ツアーのときに、各地のチェーン店の喫茶店に行くことが楽しみなんです。お土産さんとか、その土地の名物料理の店とかではなくて、チェーン店。というのは、その土地の、その場にしかない日常の空気がそこにあるからで。例えば、接客で東京のお店と同じ受け答えをしたとしても、店員さんの言葉にはその土地ならではのイントネーションがあったり、そこに暮らしているおばちゃんたちの、その土地だからこその会話であるとか、その空気感が、その土地に来たという感じを受け取るヒントになっています。

今、中国版を拝見しても、言語は中国語で字幕があるので、普段見ている日本の「72時間」よりは、もうちょっと距離感があるのは確かに感じました。だからといって、つくられた映画を見ているような感覚ではなく、日常がそこにある感じがする点に、惹かれます。相互理解になりますよね。最後に出てきたリハビリされている男性のように、そこに生活があって、そのなかで、彼の倫理観や背景の物語が見えてきて、親近感を抱くというか…不思議な時間でしたね。

 植松さんは、つくり手側として、印象的だったことはありますか?

植松 最初に見たときから感動しました。非常によくできていると思います。昆明という場所は中国の南にあって、ミャンマーと接するような、気候としてはちょっと温暖で、中国全土からいろんな人が移り住んでくる土地らしいんですよね。定年後、昆明で過ごそうと移り住んでこられる夫婦とか、昆明で働いている息子を頼りに移住してきた農村部の女性とか、あるいは、奥さんが仕事で忙しくて、娘さんと一緒に旅行に来ていた、男性と娘さんの二人組とか。いろんな家族の形があって、池の前でそのありようが、静かにつまびらかになっていく感じが、「72時間」的だなと思って。

しかも、冬の間、カモメが暖かい公園で過ごすんですけど、シベリアのほうに戻っていくという、そのタイミング。そのカモメを眺めながら、みんなが家族を思う様子…場所の選び方、ロケ時期の選定といったことも、非常よくできていると思いました。

水野 農家だとおっしゃっていた4人家族のおじいちゃんが一言もしゃべらない。最高ですね。一人だけ警戒感を外さずに後ろにいて、娘さんは社交的にちゃんとインタビューに応えてくれて、その家族関係まで見えるようで(笑)。

また、「息子夫婦に、なかなか子どもができなくて」ということを話す男性がいました。笑顔でいるけども、何かそこに切なさを感じさせる、表には出さないけど本当は孫がほしいとか、そういう気持ち。それでも、息子夫婦のことを尊重しているという…今、整理すると、全て言語化できるんですけど、それがあのシーンの一瞬でわかるというのが、すごいなと思います。

 ナレーションが多いほうが、中国の人にはウケがいいとか、中国に合わせるための工夫もたくさんあるようです。

水野 フォーマットをベースにして、工夫が重ねられているんですね。

植松 家族の話だったり、年老いた両親の話だったりとか、いろんな悩みを抱えている様子を見たときに、僕たちとそんなに変わらないなと感じますよね。

 そうですね。実際に中国に行ったときに、雑誌記者の方とお話ししましたけど、「普通の物語を見せてくれるものがなかったから、すごく新鮮だった」と言われました。メディア規制で表現が限られてしまったり、街頭インタビューができなかったりと、今まで描くことができなかったことが、できていると。それは、日本とは違う中国ならではの視点だと思いました。

画像10

水野 やっぱり自分の物語を立ち上げるのは、すごく難しいというか…みんな、TwitterやInstagramで、きれいに形づくることは得意になってきていますよね。でも、本当に感じている悲しみとか、持っている物語を自分で語ることは、すごく難しい。やっぱり自己紹介って難しいんですよね。でも、その瞬間にこそ、その人らしさが出るから、おもしろい。

中国の人たちにとって自分の物語を語ることは、おそらく、日本人の感覚と違った意味での難しさもあると思います。でも、当たり前ですけど、みんな生きているから、物語を持っていて、それが立ち上がったときに、人はその人を理解する。その人を理解すると、自分にも同じような物語があるということで自分を理解する。他者と他者が出会い、ちゃんとコミュニケーションができる。そのときに、いろいろ感じるのと同じで、この番組をとおして他者と出会っているのかなというふうに思いましたね。

 国が変わっても、同じ価値観を共有できたということですよね。水野さんが考える「変わらないもの」というのは、どういったものでしょうか?

水野 僕は「上を向いて歩こう」という曲に、強い憧れを持っています。曲をつくった人間も歌った人間も亡くなって、つくり手の思いみたいなものは物理的にはなくなっているけど、「上を向いて歩こう」って歩くことが、まるで前向きなことかのように誰もが思っていますよね。それが、例えば、大切な人を亡くしたときの言葉にできないほどの悲しみにも寄り添えるし、仕事で失敗したけど明日頑張ろうというような、ちっちゃな悲しみにも寄り添える。その歌で何を歌っているかではなく、その歌がどのように物語とつながれるかという広さを持っていることが、大事な気がします。

「72時間」が、国を越え、文化を越えるのは、例えば、有名人の成功物語を伝えるだけだと、それは多くの物語にはつながらなくて、場所であったり、時間であったり、日常であったりという、みなさんの物語につながるものを提示することによって、もしかしたら、中国だけじゃなくて、ロンドンでもできるかもしれないし、アフリカでもできるかもしれないし、もちろん、僕らが住んでる街のコンビニでもできるかもしれない。つまり、誰かの物語を見たいとか、聞きたいとか、そこに視点を置くことによって、自分の物語も確かめたいということにつながっているのかなと思います。

僕も歌をつくっていて、自分のことを伝えたいのではなく、自分がつくった歌が誰かの物語につながって、誰かの人生の役に立っているとか、誰かの喜びのBGMになっているとか、ちょっとしたプラスになってほしという気持ちでいるので、そことリンクしているように思いました。

 私たちも、バイブルをつくって、言葉にしてみたことによって、その価値を異国の人と分かち合えて、さらにその人たちが新しいものをつくってくれました。自分たちが大事にしている価値観が広がっていくということは、とても素敵な体験でしたし、ほかの国の方々にもぜひつくってほしいなと思っています。

水野 本当に素晴らしいことですよね。今日はありがとうございました。

植松 ありがとうございました。

(おわり)

画像11

(写真左から)植松秀樹さん、森あかりさん、水野良樹、髙田理恵子さん

「ドキュメント72時間」
毎週金曜日 夜10:50からNHK総合で放送中
番組の放送予定、最新情報はこちら
番組HP
番組Twitter

Photo/Kayoko Yamamoto
Text/Go Tatsuwa
Hair & Make/Yumiko Sano

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
3
ソングライター水野良樹が主宰するHIROBAの公式noteです。 『考えること、つながること、つくること』 その3つを豊かに楽しむための広場=HIROBAをつくっていく試みです。 定期購読マガジン『HIROBA公式マガジン』のご購読もよろしくお願いします。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。