読む『対談Q』 水野良樹×松尾潔 第4回:“Our Story”じゃなくて“My Story”じゃないと、嘘だろう。
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読む『対談Q』 水野良樹×松尾潔 第4回:“Our Story”じゃなくて“My Story”じゃないと、嘘だろう。

HIROBA

HIROBAの公式YouTubeチャンネルで公開されている『対談Q』。こちらを未公開トークも含めて、テキスト化した”読む”対談Qです。

今回のゲストは音楽プロデューサーの松尾潔さんです。


前回はこちら


汎用性を高める魔法のフレーズ。


松尾:僕は自分がプロデュースをするようになったのは、90年代の終わりぐらいなんですけど。阿久悠さんとかなかにし礼さんが物語を紡いできた時代と、僕がプロデュースを始めた頃…小室哲哉さんとか、小林武史さんとか、そういう方々が覇権を握られた90年代と、どう違うんだろうと思って。

水野:はい。

松尾:歌詞世界がどう違うか、僕なりに分析したんですね。これ初めて話しますけど。とくにダンスミュージック的なものが90年代、小室さん以降増えて。僕からすると、必然性なく複数形の主語が多いなと思ったんです。

水野:ああー。

松尾:<~な僕らは>みたいな。

水野:はいはい。

松尾:汎用性を高める魔法のフレーズ。ましてや若い女の子が、一般的には男性が使うことが多いとされる、<僕>の複数形、<僕ら>と言う。

水野:性差を超えていくってことですよね。

松尾:不特定多数のオーディエンスを獲得しようっていう、制作者とかレーベルサイドの狙いも感じましたけれども。僕は音楽ってそういうものではないんじゃないかと思っているんですね。音楽に限らず、言葉って、そういうものではない。

水野:はい。

松尾:政治の場合では、主語が複数であることがマストとしてあるのかもしれません。でも、ストーリーって、もうちょっと個人的なものじゃないかと思うんです。だからさっき、「自分の物語」って話をされたけど、それはやっぱり“Our Story”じゃなくて“My Story”じゃないかと。

水野:なるほど。

松尾:カップルであれ、家族であれ、個別の物語があるはずで。主語は<I>、一人称は単数じゃないとおかしいんじゃないかなって、僕は思うんですよ。それを聴く方が、補完する形で“Our Story”にしてくれればいい。

水野:はい。

松尾:最近、作家で元長野県知事の田中康夫さんとお話する機会があって。90年代、湾岸戦争に対しての共同声明を出されるときに、文筆家のひとたちが集まったそうで。そのとき彼は一人称が<私たち>だったのを、<私>に変えるべきじゃないかって主張したと。

水野:なるほど。

松尾:僕が変なのではなくて、そういう考え方もちゃんとあるんだなと思いました。ただ、田中さんとか中上健次さんとかは、「<私>でいいじゃん」ってことなんだけど、やっぱり全体としては<私たち><我々>派が多かったというのも事実としてあったという話も聞いて。ここはもう、ずっと考え続けなきゃいけないことだなって。


連帯する個人。


水野:阿久悠さんが、「時代の飢餓感」みたいなことをずっとおっしゃっていて。阿久さんらしい言葉遣いだなと思うんですけど。それを考えたとき、90年代は主語がぼやけていったというか。複数形になったり、場合によっては、自分たちの曲とかでも多いですけど、主語をあえて書かなかったり。

松尾:日本語の特性を利用した、楽しい遊びでもあるんだけどね。

水野:それって、自分が全面に出ることが怖かったり。もしくは孤独感を感じているからこそ、集団を意識したいみたいなところにフィットしたり。もしかしたら、そういう面があるかもしれないなと。

松尾:そうね。

水野:でも、やっぱり、みんなそれぞれ主語を持つべきじゃないかっていうのも、当たり前にある考え方で。その行ったり来たりが、阿久さんの時代から、90年代の小室さんの時代から、揺れ動きとして何度もあるのかもしれないですね。

松尾:音楽を聴くこと自体が、繋がりたい気持ちの発露かもしれないよね。自分が作ったわけでもない曲を口ずさむこと自体が、連帯のはじまりかもしれない。だからこそ、よくも悪くも政治に利用されてもきたのが音楽なんですけど。僕はその上で言うと、「連帯する個人」っていうのが、すごく居心地がいい収まりどころかな。

水野:うん、うん。

松尾:ユナイテッド・インディヴィジュアルズっていうのかな。まとまって一色になるんじゃなくて、違った色で寄り合う。「ここちょっと色が違うんじゃない?」って排除するんじゃなくて、それをよしとする。もしくは武器とする。武器って言葉よくないな。長所とする。音楽はそういう集いで在りたいなと思いますよね。

水野:それはすごく現代的な問題意識ですね。とくに、震災からの数年間、コロナ禍の数年間は、連帯性がいろんなところで発露としてあったけれども、やっぱり画一的というか。1から10、全部一緒じゃないと仲間じゃないんだよ、みたいな現象が起きてしまいがち。「あ、お前、それを言うんだったら、向こう側の人間だね」っていう、セクショナリズムというか。

松尾:分断ですよね。

水野:しかもSNSがあるから、大きな声を出せるひとは、1から10まで論理立ててばーっと出しちゃう。それをそのままそっくり受け入れて、内面化してしまうひとが多い。だから、松尾さんがおっしゃる、全然違う資質をもった個人が、連帯するっていうイメージをなかなか持ちにくい。

松尾:そうですねぇ。

水野:だけど、元をたどれば、音楽はそれぞれに解釈が可能なものであって。

松尾:そう、個人的なものだと思いますよ。

水野:そこをやっぱり諦めちゃいけないような。

松尾:うん。僕、水野さんの本を読んで、勝手に兄弟みたいな本だなって思っているんです。

『幸せのままで、死んでくれ』/清志まれ


水野:嬉しい(笑)。

松尾:本当におこがましいんだけど、世の中にいろんな本があるなかで、これはもう間違いなく自分の書棚の隣に置いて、違和感のない。

水野:恐れ多い。


音楽にしかできないことって何?


松尾:だからこそ、水野さんに訊きたいんですけど。音楽にしかできないことって、何だと思います?

水野:音楽にしかできないことですか…。”政治”って、究極的には厳密性が必要だと思うんですね。やっぱり最終的には殺し合いの話に近づいていく。殺し合いって言葉が極端かもしれないけれど。経済政策をひとつ選ぶだけでも、不利益を被るひとがいる。生活に、生き死にに関わるひとがいる。のっぴきならないもの。

松尾:のっぴきならない。おっかないよね。

水野:どこかで線を引かなきゃいけないものが政治だと思っていて。ただ、そのとき文化は曖昧なままで在れる。良い意味で、どちらにも取れる、どの価値観にも流用できる、それが文化の強さだし、音楽ってまさにそういうもので。おそらく愛を歌った歌というのは、一千年前の平安時代の和歌にもあるはずじゃないですか。だけど、そのときの社会状況、価値観、倫理観…どれも今とは当たり前に違うわけで。

松尾:もちろん。

水野:だけど、その時代のひとたちの個人の物語に繋がることができる。一千年が経っても、社会状況や価値状況が違う個人の物語に繋がることができる。異常なぐらいフレキシブルなものを持っていることが、音楽(=文化)の強さであり、怖さであると思うんですよね。

松尾:うん。

水野:だから「上を向いて歩こう」みたいな曲が、何十年経っても何かあると使われてしまう。使われることの魅力と、使われてしまうってことの怖さがある。でもそこに向き合い続けて、曲を作っていないと、ダメな気がするというか。もったいない気がするんですよね。危ないけど優しいものっていうのが、音楽の強い部分で。

松尾:危ないけど優しいもの。うん。ひとに置き換えると、かなりやっかいなひとでもありますよね。

水野:そこが僕らも惹かれているところな気がするんですよね。絶対に正しいとか、絶対にポジティブなものではない。人間が生きるところって、そういう曖昧で混濁しているところだから。そこに触れられるのが、究極的には答えを出さなきゃいけない”政治”とは、違うのかなと思います。

松尾:曖昧って、年を重ねるといろんなところで感じますし。白黒はっきりつけることだけが回答ではないなと思いますね。日本には「塩梅」って言葉があって。「まぁ、そこは塩梅で」って。昔は大人のひとたちのまやかしって思っていましたけれども。自分がこの年齢になってみると、「ああ、それでバランスを取って、あるところは手つかずのままでも、日々は過ぎてゆくってことなんだな」と。わりとポジティブに最近は感じています。

水野:その白黒つけられないところに、向き合っているかどうかが大事というか。白黒ついたものは過去になってしまうから。ずっと答えが出ないことって苦しいんだけど、現代でいるためには、そこに向き合い続けているのが大事なんだろうなと思いますね。だから最後、問いに戻るんですけど。

松尾:はい。

水野:松尾さんがいろんな立場で、「水平線上でどこにあるって言えない」ってまさにそのとおりだなと。でも、そこにずーっと松尾さんが向き合い続けているから、常に現代のひとであり、作品ができていくんだろうなって。

松尾:だといいんですけどねぇ。まぁかなりレトロなおじさんですよ(笑)。

水野:すぐそういうふうにおっしゃる(笑)。

松尾:白黒って、あとになってみれば、「あれ、白いと思って行ったんだけど、そうでもなかったな」みたいな経験がどんどん増えるでしょう。

水野:うん。

松尾:逆もありますよね。闇だと思って、怖いもの見たさで入ったら、闇でしか見えない光も見ることができたってことも。そういうことを積み重ねるのが、ひとの歩みであるならば、それを押しつけがましくない形で自分より若い世代の方に教えてあげたい。っていうと、おこがましいですけれどもね。先に経験した者として、お伝えしたいなって気持ちは最近ありますね。

水野:ちょっともう話が止まらないですけれども、かなり豊かなお話を伺わせていただきました。またいつかですね。

松尾:はい!

水野:時代は変わっていきますので。違うタイミングで、この続きをさせていただきたいなと思います。

松尾:今日は本当に学びが多かった。

水野:こちらこそです。今日の対談Qのゲストは、音楽プロデューサーの松尾潔さんでした。ありがとうございました。

松尾:ありがとうございました。『幸せのままで、死んでくれ』いい本です。

水野:『永遠の仮眠』いい本です。

松尾&水野:ふふ(笑)



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