『小説家Z』 水野良樹×宮内悠介 第4回:読者のなかに湧き上がるイメージが最大の武器になる。
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『小説家Z』 水野良樹×宮内悠介 第4回:読者のなかに湧き上がるイメージが最大の武器になる。

HIROBA

HIROBAの公式YouTubeチャンネルで公開されているトークラジオ『小説家Z』。こちらをテキスト化した、”読む”小説家Zです。

初回のゲストは「OTOGIBANASHI」でご一緒した宮内悠介さんです。

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読者の想像力。


水野:昔スタッフに「それはちょっと変かもしれないな」って言われたことがあって。ドラマの主題歌だったり、商品のCMソングだったり、タイアップの仕事をするときに、僕も映像をイメージしたりするんですね。たとえば、お菓子のCMソングなら、そのお菓子がどこで食べられているか、このCMが渋谷のオーロラビジョンで流れたらどんなふうに受け取られるか、みたいな映像。その出口になるところをイメージして曲を書くんです。

宮内:ええ。

水野:「この状況で流れている音楽はこんな感じだろう」ってイメージが沸くんですよ。大切なひとを失くしたとき、この表情で流れる曲はこんな感じとか。言語化できないんですけどあるんですね。それを取っ掛かりに曲を作っていくことが多いんです。共感覚みたいなもの。それを何かのきっかけに話したら、「それはちょっと不思議じゃない?」みたいな。

宮内:そうなんですか? 単純にオーダーに誠実にお応えになっているという印象でもありますけど。

水野:やっぱり下世話な商売なところもあって。そこでヒントをいただいて書く場合が多くて。何を言いたいかというと、小説って言語化する作業であるかなと思って。たとえば宮内さんのなかで、情景が浮かんで、それを言語化する作業って実はブラックボックスで。他のひとには理解しがたいというか。すごく答えにするのが難しいところだと思うんですけど、どういうふうに言葉にしていくのでしょうか。

宮内:分野にもよります。純文学よりのものであるか、あるいは娯楽よりのものであるか。純文よりのものであれば、文体で頑張って見せてしまうみたいな方法を多くの方が取ると思いますし。私の作品であれば、なるべく文体は簡素にしながら、その情景をイメージしやすいキーワードを配置して、というような。

水野:文体を簡素にすると、読者の想像力はより広がりやすくなるものなんですかね。文体が詳細になれば詳細になるほど、もしくは作家の色が出れば出るほど、読者の想像力は狭まるものなのでしょうか。

宮内:結構、二派に分かれると思います。私がよく言われがちなのが、やっぱり「情景が浮かんでこない」とか「音楽が聞こえてこない」とか「手触りがない」とか。これはなぜかと言えば、そもそもほとんど書かずにキーワードを散りばめて、読者の想像に任せているからなんですね。ですから、そこから上手くイメージを広げてくれる方のなかには、映像作品にも負けないような映像が浮かんでいると思います。

水野:はいはい。

宮内:ただ、もしかしたらより多くの方にリーチする表現は、情景なら情景で、こういう場所にひとが集まっていて、どういう音楽が流れていて云々かんぬんと説明していく。こういう方法もあると思います。

水野:宮内さんはどちらがお好きですか?

宮内:今のところは、省略してなるべく読者の方に。とにかく小説は文字ですから、読者の方のなかに湧き上がるイメージが最大の武器になると思っています。ですので、省略していくという手段になることが多いです

水野:そこはすごくシンパシーを感じますね。とくに歌と言われる範囲の音楽は、歌詞のなかに描写や意味を求められることが非常に多くて。僕は結構そこに逆らってきたというか。なるべくどうとでも取れるというか、要素しか与えないということに気をつけてきたんですよね。そのほうが宮内さんがおっしゃるとおり、読者の想像力、僕らで言うとリスナーの想像力をフルに使えるのではないかと。

宮内:ええ。

水野:5分間の歌のなかの情報量より、聴いてくださる方の人生の情報量のほうが莫大なので。その情報たちが躍動するほうが、感動は大きくなるのではないかなって僕は思っていて。自分が詳細なことを書くのが苦手ってこともあって、言い訳でもあるのですが。なるべく表現をしないことに気をつけて書いていて。そこがもしかしたら今、宮内さんがお話されていたこととリンクしたのかなって思っています。

宮内:リンクしてそうですね。歌詞だとこういった要素がさらに強そうです。どれだけの方が自分を重ね合わせてくれるか、そういうところを考えていくとそれを限定しちゃうわけにはいきませんもんね。


ひとつのミラクル。


水野:おっしゃるとおりです。『OTOGIBANASHI』をご一緒させていただいて、ちょっと普段小説を書かれる順番とは違っていたと思うんですけど、曲を聴いてストレートにいかがでしたか? 何か違った刺激があったら嬉しいなと思っていたんですけど。

宮内:ものすごく刺激的でした。



水野:何をいちばん驚きとして持たれましたでしょうか。

宮内:趣味レベルですが、曲を作ったりしていて。「南極に咲く花へ」は、私が詩に書いて曲をつけられなかったものなんですよ。ですから、曲がついた時点でビックリでした。あとすごく不思議というか、シンクロニシティといいますか。実はパンチラインの<砂漠のアラベスクから南極に咲く花へ>って、あの部分だけはなんとなくメロディーを持っていたんですよね。

水野:あ、そうなんですね。すごくサビっぽいというか、まさにフックになるようなところでしたね。

宮内どういう力学かわからないんですけど、ほとんどまったく同じメロディーをそこにつけてくれまして。

水野:えー!

宮内:それにものすごく驚きました。

水野:それはものすごく嬉しい。歌詞をいただいた段階で、あそこの部分は曲の顔になるところだなって思いました。だから呼び寄せられていた感じがあるんですよ。で、あそこをどう際立たせるかってところから作り始めた感じがしていて。同じようなメロディーを想像されていたのは多分、宮内さんが詩や物語を書かれているところでイメージされている情景と、僕が音楽というところからスタートしてその情景を描こうとしたところで、重なった部分があそこだったんですね。

宮内:あれはミラクルでした。水野さんに作っていただく以上、私のイメージと近かろうが遠かろうが、絶対いい曲になるだろうってことはわかっていたので。どんなものになろうと口を出す権利はない、というか、単純に楽しみにしていたんです。そのなかにひとつのミラクルがあったので、私も驚きでした。

水野:そのあとの広がる部分は、自分のなかで、南極の氷の平野がふぁーっと広がるような、視点が遠くにいくようなイメージがあったから、そういうふうにメロディーを作っていったんですね。そうしたら最初にいただいた感想で、宮内さんもその広がっていく感じが気に入っているとおっしゃってくださったので、イメージが合ったなって嬉しかったんですけど。その前の部分で、本当にお互いがクロスしていたんですね。おもしろい。

宮内:大サビに至るところのイメージの広がりは、本当に私には作れないものでしたので、単純に驚いて嬉しく思いました。で、ワガママ言ってコード譜を送ってもらったりしましたね。

水野:江口亮(アレンジャー)さんも坂本真綾さんも喜んでいらっしゃいました。あの企画は、作家のみなさんがまずスタートラインを作ってくださったんですけど、ひとつのイメージをいろんな立場でいろんな角度から見ているところがおもしろいなと思って。それを重ね合わせて、今みたいにミラクルのように重なり合う部分もあれば、いい意味でちょっとズレていたりする部分もあって。それを楽しめることがすごくおもしろかったです。


コロナ禍ゆえの、ピュアな仕事。


水野:小説で言えば、立ち上がる物語のひとつのイメージを読者と書き手とで共有したり。『OTOGIBANASHI』で言えば、他のジャンルの作り手が一緒にものを作ることによって共有したり。そうすることで意外と孤独感が紛らわされるというか。ちょっと分かり合えた気がする希望が持てるのが、作品を作ることの意味にも繋がってくるのかな、なんてことを、宮内さんとやらせていただいた「南極に咲く花へ」で感じました。

宮内:とくに私の場合、小説がメインでひとりの作業が多かったので、このコラボレーションは本当に嬉しかったです。

水野:そうおっしゃっていただけると嬉しいです。

宮内:それぞれのイメージが重なり合ったり、ズレたりする感覚って、そういえばしばらく味わったことなかったなぁと。ありがとうございました。

水野:こちらこそです。宮内さんの小説、とくに虚構の世界を立ち上げることが宿命づけられているようなSFというジャンルは、読者との間でイメージの重なり合いやズレがあることが、作品の揺らぎ、振動、蠢きを作るというか。無機物が有機物になるような、生きているかのような、作品をそうさせる原動力になっている気がして。物語を書くことや、僕ら読者にとっての読むことのおもしろさに繋がっているのかなって思いました。

宮内:本当にとても嬉しいお仕事でした。私も時々書いていて行き詰ったりすると、友だちに、「何でもいいから、音を出すもの持ってスタジオに集合しない?」とか言って。地元のスタジオに行って、ジャムセッション未満の何かをするんです。ある種、その延長上にありながら、最高の形に仕上げてくださって。表現が難しいんですけれども、夢が叶ったようなそんな気分です。

水野:コロナ禍だったからこそ、いい意味でそぎ落とされたやり取りだけあったのも、僕は嬉しくて。たとえば今日みたいにお会いして、長い時間をともにしてしまうと、それももちろん素敵なことなんだけれども、作品以外のものがたくさん滲み出てしまいそうな気がするなと。でも、宮内さんとか他の作家さんとのやり取りってZoomでの必要最低限の打ち合わせであったり、作品を介した話であったりで。それが実は、純粋な創作作業に集中して、お互いの想像力をフルに活かしながらやり取りできる形だったのかなって。

宮内:わかる気がします。今回はほぼリモートで打ち合わせさせていただいて。ほとんど見切り発車的にスタートして、デモを作っていただいて。あらかじめ関係性があると、それはそれでプラスの要素も入ってくるとは思うんですけど、見方を変えれば、それは不純物と言えるかもしれなくて。多分そういう話ですよね。たしかにこれはコロナ禍ゆえの、ピュアな仕事になったかもしれないですよね。

水野:僕は作品を信じるとか、作品だけで会話をするってところに、変にロマンを持っていたりもして。小説も僕らの音楽も、こうやって作った方にお話を聞ける機会があるひとって本当にわずかじゃないですか。ほとんどの読者のみなさまは、作品で出会うと思うんですよ。作品でしか会話ができないというか。僕はそれでいいと思っていて。だから『OTOGIBANASHI』のやり取りも、あれでよかったんだろうなって。今日も、理由を問いながら答えを出していただくなかで、宮内さんの考えてくださったことがあるというか。一緒に考えるというか。こういう時間がすごく大事なんだろうなって、すごく思いましたね。

宮内:同じ思いです。嬉しいです。

水野:さぁ、ちょっと長くなってしまったんですけれども。今日は小説家Zということで、第1回のゲスト、宮内悠介さんにお越しいただきました。本当に長い時間、ありがとうございました。

宮内:ありがとうございました。



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