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関取花 連載第21回 ビールとライブは生がいい

2020.06.10

ビールとライブは生がいい

6月ともなると半袖で出歩いても汗をかいてしまうような日も多く、例年だったらちょっと散歩した帰りに近所の中華料理屋にでも寄って、家に帰る前に軽く一杯…なんてことをするのが好きなのだが、今はそうもいかない。コンビニで発泡酒を買って、寂しく部屋でYouTubeでも見ながら晩酌をするのがここのところの日課である。

発泡酒ではなく缶ビールでももちろん良いのだが、あれを飲んでいるとなみなみと注がれた白い泡がやっぱり欲しくなってしまうから、なんとなく避けている(オンライン飲み会をする時などちょっと気分を上げたい日は飲んだりもするけれど)。
わざわざビールを飲んで一人で虚しくなっても、良いことなんて一つもない。それよりは、「今はこれで我慢だ」と自分に言い聞かせながら発泡酒を飲む方がマシである。あとこれはちょっとリアルな話になってしまうが、今は色々と少しでも節約したいというのが本音である。

そんなわけで最近はもっぱら発泡酒党なわけだが、初めはやはり生ビールのことを思い出しては恋い焦がれる日々が続いた。しかしそれにも慣れてくるもので、次第に全然これでいいじゃないかと思えてきた。ほら、よく言うじゃないか。昔の恋を忘れるためには新しい恋を見つけることよ、と。そんな感じである。どんな感じだよ。

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そんな、生ビールの影もチラつかなくなってきたつい先日のことである。
最近は時間があるので心と身体の健康のためにも毎日のように散歩をしているのだが、その日はいつもとちょっと違う道を歩いていた。
しばらくするととある駅に差し掛かったのだが、やはりいつもとは街の様子が違っていた。駅前の飲み屋は軒並み通常営業は自粛しているようで、多くの店はテイクアウトのお弁当のみの販売となっていた。みんな、今を乗り切るためにそれぞれ試行錯誤しながら頑張っている。少しでも力になれたらと何か買って帰ろうと思ったのだが、私の家までは歩いて45分ほどかかるうえに、その日は30℃近い気温だったので、泣く泣くお弁当を買うのは諦めようと思ったその時である。私の目にとある黒板の文字が飛び込んできた。

「生ビールテイクアウトできます」

私は自分の心がピクンとしたのがわかった。ビールなら歩きながら飲めるし、家まで持って帰る必要もない。きっとお店の人だって喜んでくれるし、何よりこの暑さの中、ずっと我慢してきた生ビールを飲めたら最高に決まっているじゃないか。というわけで、いただくことにした。

プラスチックのカップに丁寧に注がれた黄金は、どんな宝石よりもキラキラと輝いていた。白い濃密な泡は、いつでも飛び込んでおいでとこちらを見つめている。たくさん歩いて渇いた喉は、早くくれよと今にも叫び出しそうだった。待ってろ、今楽にしてやるからな。
私はカップに口をつけ、ゴクリゴクリとそいつを飲み込んだ。おかえりなさい、生ビール。私の食道が、胃が、歓喜の雄叫びをあげている気がした。発泡酒では決して味わえないなんとも言えない幸福感が、全身を駆け巡った。

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あっという間に飲み干してしまったが、意外ともっともっととはならなかった。飲み終わって一息ついている時に、いろんなことを思い出したのである。
炎天下の中演奏したあとにバックヤードで飲んだビール。フジロックで自分の出番のあと、急いで片付けてボブ・ディランを見ながら飲んだビール。ツアーで良い演奏ができた日に打ち上げで飲んだビール。時にカップで、時にジョッキで、一緒に演奏した仲間たちと乾杯できた時のあの喜び。思い出すのは不思議とライブのことばかりだった。

一人中華料理屋で飲むビールでも、友達とご飯を食べながらなんとなく飲むビールでもない。声を枯らして、お客さんの最高の笑顔を見て、全力でライブをやり切ったあとのご褒美として飲む生ビールが、私にとって一番美味しいビールなのだ。ライブのあとに飲む生ビールの素晴らしさを、私は知っている。もちろんいつ飲んだってビールは美味しい。でも、あれに敵うわけなんてないのだ。だったら今必要以上に飲む必要はない。来たるべきその瞬間まで続きはとっておこう、そう思ったのだ。

やっぱり、ビールとライブは生がいい。いつになるかはまだわからないが、これまで通り楽しめる時は必ずやってくる。その日を想像しながら飲む発泡酒も、今は悪くない。

関取花アー写1912小

関取花(せきとり・はな)
愛嬌たっぷりの人柄と伸びやかな声、そして心に響く楽曲を武器に歌い続けているミュージシャン。NHK「みんなのうた」への楽曲書き下ろしやフジロック等多くの夏フェス出演、初のホールワンマンライブの成功を経て、2019年5月にユニバーサルシグマよりメジャーデビュー。
ちなみに歌っている時以外は、寝るか食べるか飲んでるか、らしい。
関取花オフィシャルサイト
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ソングライター水野良樹が主宰するHIROBAの公式noteです。 『考えること、つながること、つくること』 その3つを豊かに楽しむための広場=HIROBAをつくっていく試みです。 定期購読マガジン『HIROBA公式マガジン』のご購読もよろしくお願いします。

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